「感動をありがとう」は選手へのお祝いの言葉ではない
yoga mats

平昌オリンピック、素晴らしかったですね

オリンピックが閉幕しましたね。

選手たちの帰国があり、メディアも盛んに取り上げています。


朝日新聞デジタルより25日夜、平昌五輪スタジアム、北村玲奈さん撮影

スポーツ、とりわけオリンピックで結果を出した人たちへの言葉で

『感動をありがとう』

という言葉をよく耳にします。

この言葉、私はとても気になる。

感動しました、と感動をありがとう

これって・・・

選手を祝っている言葉ではないのです。

感動を「与えてくれて」ありがとうなのですよね。

何かをもらったことへのお礼。

「感動しました」とは、微妙に違う言葉です。

もちろん、感動をありがとう、は選手へのお祝いの気持ちからではあるのですが・・・

感動をありがとう、を聞かされ続けている選手は、「感動させる」存在が自分だと思わされてゆきます。

ですから、日本の選手たちは『国民が望んでいる結果』が出ないと

「皆様の期待する結果を差し上げられず、皆様に申し訳ない」

と涙することも多いのだと思います。

ただでさえ、競技を極めようとする道は険しいのに、全国民の期待まで背負う道となってしまったならばどんな道になることでしょう。

オリンピックで素晴らしい選手の姿を見て、私たちは感動します。

それを伝える言葉は、自分がもらったものへの言葉ではなく、選手への言葉にしたいと思うのです。

「おめでとうございます」

「お疲れ様でした」

「感動しました」

結果を求める心を、抑えよう

私たちは自分のやったことに対して、どうしても「良い結果」が欲しいもの。

ヨガは「結果を望む心」を持たないで、淡々と行動するよう自分を律します。

努力すれば必ずしも結果が出るわけではありません。

結果を望みながら行動すると、結果が出ないときに一気に不幸になります。

どんなに努力しても結果が出ないときは、絶望するのです。

しかし私たちは、自分に「良い結果」を望んでしまうもの。

でも「他者」への期待だったら、「自分」への期待より抑えることは簡単です。

東京オリンピックは、多分今回のオリンピックよりもっと期待が高まるでしょう。

「感動をありがとう」ではない言葉を、口にしたいものです。